生存報告所

日記だよ!

2/5 サピエンス全史

2/5(水) 睡眠時間9時間45分

2日間リモートをすると、砂糖が…甘味が足りない…。

出社した時は1日1本水道水以外を買っていいようにしているし、おやつも150円までは自分に許可しているが、家には何も置いていない。

でも外に出るのが面倒だからって、上白糖を出して舐めているのは人間の尊厳的にダメなような気がする…。

やったこと

仕事

 今日の仕事は先週末に仕込まれた自分のミスが全て弾けて頭を抱えることが多め。手作業で入力した内容には1文字ミスがあり動かず、調査した範囲だけでは修正が足りず、意識外のところまで触るのが必要になった。

前者は、これくらいの修正だから…と手作業にしたのが本当に良くない。やっぱりめんどくさがらず、コマンドで一括置換する方針で書くべきだったなぁ。

後者は、依頼された内容から「いくつかの修正で足りるだろう」と見積もりをしていたのだが、いざ手を付けると、「あ、あれ、こっちも修正必要じゃん…」と冷や汗を流す。自分の知っている範囲と、依頼の内容から”これだけだな”と早急に結論を出したのが迂闊ポイントだったか。必要なのは出戻りの自分も無知であるということを自覚することと、もしかしたら…? と考える想像力だった。

 

 凹んでいても仕事は積まれため、反省はメモに書いて気持ちは切り替える。やっぱり、ちゃんと寝てフルパワーで仕事には向かおう。”プロ意識”ってやつが足りないな。

 

昨日の日記

 起きていた時間が短いし、昨日の日記は早く終わるだろう…と油断していたのだが、本の感想を書くために読みなおし、何を書きたいのかノートに整理していると時間は過ぎる。

読書の感想を書いて、「言いたいことの核心はこれじゃない気がするんだよなぁ…」と首をかしげながら投稿することがあるのだが、今回は自分の好きな部分を2つに絞ったから上手く書けた気はする。

 

サピエンス全史

 日記を書き終わり、手元には参考にしたばかりの「サピエンス全史」が置かれている。あと100ページ…いけるか…? と判断し、椅子に深く座り直して読み始める。

 

 現代の人類はかつてない平和な時代にいること*1、生命の法則を変える生命工学の発展など、私たちは一体どこへ進むのだろうか…とやきもきさせる話で締められる。

私たちが直面している真の疑問は、「何になりたいのか?」ではなく、「私達は何を望みたいのか?」かもしれない。P263 l11

どっちも分かったら苦労しねぇよなぁ! と思いながら本を閉じた。

 

 一般庶民として一番気になるのは「文明は人間を幸福にしたのか」という19章。昔より使えるエネルギーは増えて、早く移動できて、美味しいものを食べられるようになったが、本当に幸せは増えたのか?  と問う話。

 

 主観的な幸福度を求める調査のアンケート結果によると、富や健康よりも、家族やコミュニティの方が幸福に関係し、さらに重要なのは自分が期待するものを得られているかどうかによって決まるとのこと。自分がなりたい人物になれているか、得るように期待していたものを得られたかどうかだ

この点で言えば、自分の村落しか比べる対象の無かった数百年前の若者と、現代のメディアと広告を見ている若者とでは、幸福に差が出ているかもしれない。前者は、自分と周りの人たちを比べるだけで良かったけど、後者は世界中の同時代の人すべてが相手だ。苦しい。

でも生物学者によると、幸福はこれらの心理学的要因・社会学的要因よりもセロトニンなどの生化学によって主に決まるらしい。どんな外的刺激も人を幸せにし続けることは出来ず、永続する幸福感はセロトニンドーパミンオキシトシンからのみ生じるのだ。これが行き過ぎると『マトリックス』や『ダリフラ*2』の大人が幸せだということになってしまう*3

 

 上の主張は全て、幸せと快感が等しく、不快な時間よりも快い時間が長い方が良いよねという生物学的に考えた幸福の話。

 カーニマン教授の研究では、『幸せ』とは人生全体が有意義で価値があるかどうかにかかっているとも考えられる。子育ては苦労する時間の方が長いが、子供こそが一番の幸せだと考える親が大多数である。ニーチェの言葉を借りると

あなたに生きる理由があるのならば、どのような生き方にも大抵耐えられる。

とのこと。

 

 さらに仏教(ブッダ)の主張は方向性が違い、外部の成果の追求のみならず内なる感情の追求も止めることが幸福につながるとしている。

波にさらわれる砂の城のように良い感情の時間を守ろうとし、悪い感情を受けないようにしようとするから苦しむのだ。特定の感情を求めるのを止めれば、どの感情もあるがままに受け入れられるようになる…とのこと。

これはこれでありか…? と思ったけど、お前絶対、生涯独身だろ。

 

 幸福という絶対的な指標を求めれば救われると考えてしまう時もあるのだが、そもそもその指標も曖昧だよね…ということがよく分かる章だった。作者は「この学問の研究はまだ始まったばかりだから、結論を出すのは性急すぎる」と述べている。私もどの幸福の姿を求めるのかは、自分で考えていくしかないのでしょう。

 

 いろいろな”幸福”を見たけど、

純粋に科学的な視点から言えば、人生には全く意味もない。(中略)人々が人生に認める意義は、いかなるものも単なる妄想に過ぎない。P233 P18

 という主張が一番好きだったりする…。これくらいの方が気楽でいいよね。

 

 小麦が世界でもっとも繁栄に成功したという話から、帝国主義産業革命、幸福論まで、人類史をプレス機にかけて手に取れる形に整えたかのような本。

目から鱗の話も多く、知識の継承という読書の醍醐味の一つを濃厚に味わうことが出来て大変読み応えのある本だった。友人曰く「ホモ・デウス」という同じ著者の続編もあるらしいので、またそのうちにでも。

 

ごはん

 朝食:食べず

 昼食:お好み焼

 夕食:沖縄そば

 

 夜は冷蔵庫の中身が卵とチーズしか無かったので、袋麺を開けてお湯と卵入れて完成。明日は街に出よう。

*1:書かれた2014年の当時の方がもっと楽観的に平和を享受できていただろう。今はウクライナ戦争があることや、サイバー攻撃等によって少し未来に陰りをみせているだろうか。

*2:ダーリン・イン・ザ・フランキスという漫画

*3:本書内では『素晴らしき新世界』という本が例として挙げられていたが、残念ながら私は読んだことが無い…。